【特別寄稿】医師会会長選挙・都知事選・ポスト安倍の行方

ロボティア編集部2020年7月6日(月曜日)

 5日投開票が行われた東京都知事選挙は現職の小池百合子氏が366万1371票を獲得して圧勝した。二位の宇都宮健児氏に約282万票差をつける地滑り的勝利だった。

 今回の圧勝を背景に、小池氏が再び国政へのカムバックを模索するとの声もあるが、それはもう少し先の話だ。東京都知事選にばかり世間の関心が寄せられたが、その一週間程前の先月27日に行われた自民党の有力支持団体である日本医師会の会長選挙は与党幹部にとって「安倍政権の終わりの始まり」(与党代議士)となる結果に終わり、永田町関係者にある種の衝撃を与えた。

 会長選挙は4期8年務めた横倉義武氏と副会長の中川俊男氏との一騎打ちとなり、中川氏は191票を獲得、174票の現会長の横倉義武氏を17票差で破り、新会長に選ばれた。

 今回の選挙は当初から、横倉氏の進退が最大の焦点だった。横倉氏は「安倍総理ら政権中枢との近さを背景に長期体制を築いた」(日本医師会関係者)とされ、官邸も横倉氏の再選を後押ししていた。

 今年1月の時点では世界医師会会長も務めた横倉氏の5選、続投が既定路線だった。ところがコロナウィルス感染拡大などの対処で疲労困憊となった横倉氏が5月下旬に勇退を決意、副会長の中川氏への禅譲を周囲にも吹聴した。メディアも「横倉氏引退」を報じ始めた矢先に官邸から反対の声が挙がった。「常に官邸の意を汲み取り落としどころを用意してくれる」(与党関係者)横倉氏と違い、医療側の意見を主張してくる中川氏は官邸に取り、受け入れられる後継者ではなかった。

 官邸と与党に翻意される形で、横倉氏は一度決意した引退を翻し、再び、会長選に臨むことになった。一度は横倉氏から不出馬を伝えられた中川氏にとっては寝耳に水の話であり、組織を二分する激しい戦いとなった。

 関係者によると横倉氏は、選挙終盤に巻き返しを図り、地元九州の政治家らに各都道府県医師会の代議員への説得を依頼した。投票日二日前の先月25日、横倉氏は首相官邸を訪れ、安倍首相に新型コロナウィルス感染症対策として医療機関への更なる支援を要望したが、接戦を制する支持拡大の起爆剤とはならなかった。

■終わりの始まり 長年の永田町の住人が示唆する今後
 
 なぜ、安倍首相と近い日本医師会会長の落選が安倍氏の「終わりの始まり」となるのか?それは、2012年4月の横倉氏が初めて勝利した日本医師会会長選挙に遡る。

当時は民主党政権だったが、今回同様、「政党の距離」が選挙の争点の一つとなった。民主党寄りとされた現職の原中勝征会長に、副会長だった横倉氏は「自民党の政権奪還は必至」と見て、自民党との関係修復を前面に押し出し、支持を広げ会長選を制した。同年12月、総選挙に勝利した安倍氏は政権奪還を果たす。

古賀誠・元自民党幹事長の後援会長を務めるなど、元々自民党と太いパイプを持っていた横倉氏は、公的医療保険から病院や診療所に支払われる「診療報酬」の2年ごとの改定の折には、安倍総理や同じ福岡県選出の麻生太郎副総理兼財務相に直談判し、毎回、報酬の増額を勝ち取った。政権との近さが横倉氏の力の源泉だった。しかし、コロナウィルス感染対策での不手際や側近の前法務相の金銭を巡るスキャンダルで安倍政権の影響力が弱まりつつある中、政権との「近さ」は仇となった。

今回の会長選も、副会長が現職の会長を破るという8年前そのままの対立の構図が繰り返された。ジンクスが好きな長年にわたる永田町の住人は皮肉を込めて「歴史は繰り返す」と暗に近々の首相交代の可能性をほのめかした。

■次の首相の対中政策

 安倍首相の自民党総裁としての3期目の任期は2021年9月までだ。一時は、党則で連続3期までとする自民党総裁の任期を改定し、4期目も続けられようにするとの声も上がっていたが、最近はそうした声も聞かれなくなった。新型コロナウィルスへの対策に追われた通常国会が先月6月17日に閉幕した今、自民党内の関心は「ポスト安倍」に向けた動きだ。

 「ポスト安倍レース」には何人かの名前が挙がっているが、フロントランナーとされるのは、安倍首相が後継者にしたい岸田文雄政調会長と、自民党総裁選に2012年と2018年に出馬し、両選とも安倍首相に敗れた石破茂元幹事長の二人だ。

 岸田氏がいくら安倍首相の“意中の人”であっても、ポスト安倍を問う最近の世論調査では、石破氏が存在感を示した。共同通信が先月6月20日と21日に行った全国電話世論調査によると、「次の首相にふさわしい人」は石破氏が23.6%で首位。二位は現職の安倍首相で14.2%。岸田氏は3.3%だった。

 しかし、世論調査通りに次の首相が決まらないのは永田町の常だ。岸田氏は自身の派閥に加え、安倍首相の出身派閥で自民党内最大派閥の細田派、並びに麻生太郎氏率いる麻生派の支持を取り付けていると言われ、それだけで党所属国会議員のほぼ半数を占めるからだ。これに対し、石破派は19人しかおらず、総裁選出馬に必要な20人の推薦人確保も他の派閥の力を借りないとままならない。

■石破氏が首相になった場合の対中政策

 とはいえ、仮に国民に一番人気の石破氏が首相になれば、対中政策はどう変わるのだろうか?

 7月3日付の日本経済新聞電子版によると、石破氏は同日開かれた同新聞社主催の「日経バーチャル・グローバルフォーラム」でオンライン講演した際、中国が「香港国家安全維持法」を施行した事を受け、「中国は物事の考え方の基本が大きく違っている」と批判した。加えて、石破氏は「中国も豊かになれば民主的な国になるのではないかといわれていたが全然そうではなかった。香港への対応をみてもそうだ」と付け加えた。

 中国に厳しい意見を述べた石破氏だが、首相を目指すには二階俊博幹事長率いる二階派及び、他の派閥の全面支持は不可欠だ。その二階氏は自他ともに認める親中派だ。中国による「香港国家安全維持法」制定に反発する形で、自民党外交部会と外交調査会は7月3日の役員会において、中国の習近平国家主席の国賓来日中止を求める決議案をまとめたが、これに対して二階氏は「待った」をかけている。

 日中国交回復を成し遂げた田中角栄元首相に師事した二階氏は運輸大臣だった2000年5月、国内の旅行・観光業界を動員、約5000人を引き連れて北京を訪問した。自民党総務会長時の2015年にも約3000人を率い再び北京を訪れた。2016年8月の幹事長就任後も習近平ら要人との会談を重ねて日中関係の改善を後押している。

 中国側も二階氏の中国に寄せる思いを裏切らない。恩賜上野動物園にパンダは3頭しかいないが、二階氏の選挙区、和歌山県白浜町にあるアドベンチャーワールドにはパンダが6頭おり、観光の目玉となっている。

 その二階氏がポスト安倍を睨み、自らの立ち位置を微妙に変化させているから問題は厄介だ。以前は安倍首相の4選支持を声高々に唱えていた二階氏だが、石破派が9月に開く予定の政治資金パーティーの講師を初めて引き受け、「将来さらに高みを目指して進んでいただきたい期待の星の一人だ」と石破氏を持ち上げた。

 仮に石破氏が二階派の全面的支持を受け、首相の座に就いた場合、石破氏の中国に対し是々非々で物を言う姿勢は軌道修正を迫られるだろう。習近平国家主席の国賓来日支持を自民党総裁選支持の交換条件に、出されるかもしれない。その時、石破氏がどう動くか。中国に対し、是々非々でものを言える姿勢を貫けるかどうかは見ものだ。

 先に登場した長年の永田町の住人によれば、医師会の会長交代と政権交代は密接にリンクしているようだ。次の首相が誰になるにせよ、国のかじ取りと共に、党内の反中派と親中派のバランスを取ることは大事な仕事となってくる。

【筆者】本田路晴(ほんだ・みちはる)
M&Aにおけるデューデリジェンス、ホワイトカラー犯罪の訴訟における証拠収集やアセットトレーシングなど調査・分析を手掛ける米調査会社Nardello & Co.の日本代表。読売新聞特派員として1997年8月から2002年7月までカンボジア・プノンペンとインドネシア・ジャカルタに駐在。その後もシンガポール、ベトナム等で暮らす。東南アジア滞在歴足掛け10年。最近は同地域に加え東アジアもウォッチ。昨年11月の香港出張では宿泊先の近くで起きた香港警察と学生のデモとの小競り合いに出くわし、催涙ガスの洗礼を浴びる。