■投資の基準は国内のエコシステムに貢献するかどうか
ファンド創設から2年目の現在、投資先は9社となっている。例えば、Okra(太陽光発電技術を持つIoT企業)、Nham24(オンラインフードデリバリーサービス)。投資基準に関しては明確なルールが存在する。一つは、ファンドとして当然の「投資収益」。もう一つは「国内のエコシステムへの貢献」だ。
「実際に最近、投資リターンとして非常に素晴らしい案件があったのですが、カンボジアのエコシステムへの貢献が何もなかったので、投資を辞退しました」(ケム氏)
厳格な基準はあるものの、晴れて出資を受けることになったスタートアップ企業にとって、メリットはお金だけにとどまらない。
「例えばeコマースや決済サービスの場合、消費者にアクセス可能なネットワークが必要です。スマート社には800万人の加入者がいます。このネットワークが利用できる価値は、スタートアップにとって出資資金よりも魅力があるものだと思います」(ケム氏)
ケム氏は国連に勤める叔父と一緒に、11歳でニューヨークに移住した。その後名門大学へ進学、MBAを取得し、ウォールストリートの投資銀行やシリコンバレーのファンドを渡り歩いてきた。アメリカ社会の中でも誰もが羨むようなエリート街道を歩んできたケム氏が、若くしてカンボジアへの帰国を決意したのには、大学進学を控えた18歳の時だという。
「当時カンボジアに一時帰国をし、NGOで働きました。しかしそれは自分が求めていたものではなかった。違和感を感じたのです。この国の人々の生活を本当に根本から変えるには、経済の力が必要だと感じました。しかし18歳の自分にはこの国に変化をもたらすだけのスキルも人脈もなかった。その時にアメリカに帰って金融を学ぶことを決意しました」(ケム氏)
退職の際、上司から怒られることを覚悟していたケム氏待っていたのは、意外な反応だった。
「彼の反応は『いいじゃないか!』というものでした。彼は『人生において、情熱とエネルギーを持ってがむしゃらに働けるのは、30代から40代だ。それは国も同じだ。歴史の中で急激な変化が起きる時期がある。そしてすべてが変わる。カンボジアはまさに今そのステージにいる』と言ったのです。とても嬉しかった。ニューヨークやシリコンバレーに残り、より大きな投資案件をまとめることもできましたが、自分の人生を考えたとき、こんなユニークな体験ができるのは貴重だと思いました。SADIFを起ち上げたとき、私たちがこの国で初めてのベンチャーキャピタルでした。同じようなことをアメリカでやろうとしたら、5年や10年待たなければできません」(ケム氏)
■自分は特別ではない 新世代がもつ変革のポテンシャル
ケム氏は、彼のような外国帰りの有能な人材は「決して特別な存在ではない」と言う。少なくない数の移民や留学を経た若者世代が母国への貢献を求めて、カンボジアへ帰国しているのだ。
「同じ気持ちや志をもった仲間がたくさんいます。芸術や政治、経済など、それぞれ違う分野ですが、皆海外でスキルや新しい見識を積んだ若者です。民間だけでなく、政府内にもそういった人材がたくさんいます。また私たちの投資先のスタートアップ企業にも外国帰りの若者が多いです。AGRIBUDDY(アグリバディ)のケンゴさん(北浦健伍氏)は日本人ですが、私たちと同じ志です(笑)。そういった人達が協力しながら、カンボジアの新しいエコシステムを構築し、育てています」(ケム氏)
